今回お話を伺うのは、建物の構造や周囲の環境から着想を得たインスタレーションを得意とする梅田哲也さん。『奥能登国際芸術祭2023』では、かつて養蚕施設だった倉庫で作品を展示します。
作品会場の旧養蚕施設倉庫
5月の震災で当初予定していた会場が使えなくなってしまった梅田さん。2度目の会場選びのときに、この倉庫が候補として挙がりました。はじめ、倉庫は足の踏み場もないほどたくさんの物でいっぱいだったそうです。梅田さんは建物に魅力を感じましたが、芸術祭のためだけに倉庫を片付けて、使い終わったら元に戻すことに違和感がありました。
「でも、下見のときに倉庫の持ち主の方から、この倉庫は次の借り手が決まっていて、中の物は全部移動させないといけないって話を聞いたんです。それで、自分が先立って空間を空っぽにする理由ができたと思いました。」
現在は倉庫として使われているこの場所は、かつて養蚕や養蜂で使っていた時期もあったそうで、不要になったものがいくつも置かれていました。今年の芸術祭が終わると、次は家具を作る方がこの場所を使うことが決まっています。時代とともに移り変わるこの場所の変化に、梅田さんは魅力を感じました。
梅田さんの作品。倉庫に元々あったものが使われている。
今回の作品タイトルは「遠のく」。
梅田さんの作品に一貫して通じる、場所の移り変わりを表すテーマです。
「この場所が誕生してからの長尺で捉えたら自分なんて一瞬しか生きてないしずっとずっとあるうちの、『今』を切り取ってるだけです。でも場所はずっとあって、これまでも、これからもまたどんどん変わっていく。ほんの数十年の間でも、同じ建物が役割を変えながら存在していて、当初の用途からはどんどん遠のいていくんです。一方で、簡単には変わらないものがあります。」
梅田さんがこの場所を選んだ理由は、ほかにもいくつかありました。倉庫の扉を開けたときに見える切り取られた外の風景や、天井に巣を作って子育てするツバメのつがいが先に暮らしていたことも大きな理由だったそうです。ツバメが共存する不思議な空間。 そんな場所で、梅田さんはどんな作品を作っているのでしょうか?
養蚕施設として使われていたこの倉庫には、蚕が繭をつくる場所となる「まぶし」や、それを吊っていた単管など、養蚕の名残りがたくさんありました。
梅田さんは、倉庫の持ち主の方からお話を聞いたり、養蚕農家を取材して、倉庫が養蚕施設として使用されていた頃のイメージを掴みました。その中で、回転まぶしの話に興味を持ちました。
蚕のまぶしを生かした梅田さんの作品。
「蚕は上に上に移動して繭を作る習性があるそうです。マス目の一箇所に場所を決めたらそこで繭を作る。すると、蚕が一斉に上に行ってしまうので、まぶしの上部が重くなって、上下がひっくり返るんです。それを繰り返して、まぶしの全面が繭で埋め尽くされていく。そういうことならば、もっともっと上を目指した蚕がいてもおかしくないだろうと思って、天井裏を覗いて探してみたら、躯体の梁の隙間で空っぽになった繭を見つけました。天井裏に入り込んで、しっかり羽化して成虫になって飛んでいった蚕がいたことがわかって、そのことに、今回の作品は少なからず影響を受けています。窓の外に自生したまま残った桑の木もありますよ。」
この場所で繭を作って成虫になった蚕、自生して残り続ける桑の木、ツバメの巣作りと子育て、そして梅田さんの作品制作。どこか韻を踏むような共通点を感じます。
梅田さんの会場に巣をつくっているツバメ
今回の作品を作るにあたって使用している木材は、天井を抜いたり、倉庫を片付けたりする過程で得られた廃材だそうです。余った材料は近隣の方が引き取ってくださり、作った構造体は倉庫の方にそのまま継続して使用していただくことになったため、芸術祭が終了しても新たな廃材が出ないのだとか。
電線の端材を使用した作品はツバメの巣のよう。
倉庫には、養蚕で使われていた時のものだけでなく、持ち主の方が捨てずに取っておいた建具や道具がたくさん残されていました。そのような廃材も今回の作品に使用されています。ここに元々あった物と、梅田さんが持ち込んだ物が混ざりあう空間となっています。
「これまで作品を作ってきた会場で使用した頂き物なんかが少しずつ溜まっていくと、物の集まりがだんだん楽団みたいになってきて。天井裏に吊った鳥の巣みたいな作品は、いろんな会場で電気工事のときに出る端材を組み合わせたものだし、ここに吊ってあるバケツの拡声器は、倉庫にもともとあったものと、それぞれ別の場所から移動してきたバケツの集まりです。」
作品を説明する梅田さん
芸術祭での展示が決まって、初めて珠洲を訪れた梅田さん。珠洲の海が、作品制作中の梅田さんの助けになっているそうです。
「作業終わったら、毎日海に入って、一日一日の作業をリセットしています。ツバメと共存できるように作業していくと、いろんなプロセスが不要になってきます。海に入ると必要だと思い込んでいたものがあれもこれもいらないなって、新しい頭で整理ができるんです。」
そして制作作業をしていると、ときどき近隣の方が様子を覗きにくるそうです。昨日は、外から倉庫を覗いたおじさんが、どこから音が鳴っているかを一目でピタリと言い当てました。
「ここをもともと知ってる人は、初めてこの場所に来る人とは、全然見え方が違うはずです。地元の方の反応はやっぱり興味があるし、気になります。」
展示されているバケツの集合体。ここから音が流れている。
梅田さんの作品はこれから音の作業をして、会場とのバランスを調整していくそうです。この場所にかつてあった出来事と、現在の状況がそれぞれ因果関係を持って、振動や音で連動している梅田さんの作品。一期一会の瞬間に、ぜひお立ち会いください。
文:戸村華恵/写真:西海一紗
文:戸村華恵 / 写真:西海一紗