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作品制作レポート

会期まであと少しとなった8月、続々と作家たちが作品を仕上げに珠洲を訪れています。作品制作レポートではより芸術祭を楽しめるように、準備の様子や、作品完成直近の作家たち に作品への思いを聞いていきます。

栗田宏一「能登はやさしや土までも」

2023年8月9日更新

今回お話を伺うのは、栗田宏一さん。旧タクシー営業所2階で奥能登の土をテーマにした作品を展示します。

約86㎡の白い漆喰の床に、能登半島の白地図を描き、製塩土器のような器に盛られた沢山の土が置かれています。土たちは実際に採取した場所に配置されていて、能登の280集落から集めた約1600もの土の中から、500近い土を選別しているそうです。採取する場所によってそれぞれ色が異なり、カラフルな能登半島が浮かび上がります。

栗田さんは30年前から土をテーマにした作品を手がけていますが、そのきっかけとなったのは、奥能登・珠洲で見つけた虹色の土だそうです。

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栗田さんの作品「能登はやさしや土までも」

珠洲で出会った虹色に輝く土

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配置された土によって、カラフルな能登半島が浮かび上がる。

栗田さんがはじめて土の魅力に気がついたのは、まさにこの珠洲でした。今から30年前のことです。焼き物や仏教について調べていた栗田さんは、特に珠洲焼に興味を持ち、何度も珠洲へ通っていたそうです。その道中で、虹色に輝く土と出会いました。

「1990年頃、珠洲には何回も通いました。ちょうど今から空港から来る道を作ってるぐらいの頃、桜峠あたりから柳田の辺りで虹色に輝く露頭(地層や岩石が露出したところ)を見たんです。紫色から赤まで7色全部ある。なんだこれはと思いました。ちょっとずつ土を採集してみたら、今まで自分が知らなかったすごくいい土があった。空に架かる虹はみんな知 ってるけど、地面に虹があるってことはみんな知らないんじゃないか。とにかく『これだ』 と思いました。」

葉っぱや石ころは形や色が違うと知っているのに、自分の家の土の色はみんな知りません。5年ほど前に、平成合併前の3233市町村全ての土を集め終わった栗田さん。全部合わせると、3万〜4万近い数の土が集まったそうです。それから、各地でそれらを展示していくのが栗田さんの今のアートワークとなっています。

「土の色がそれぞれ違うものだから、面白くてどんどん始めました。東京で展覧会やると、地方出身の方が『秋田県の土ありますか?』とか『宮崎県ありますか?』とか聞いてくるんです。『ない』っていうのも悔しくて、みんなの生まれた町の土があれば、みんなのためになると思い、そこから日本全市町村を集めようというプロジェクトを始めました。」

一期一会で一握り

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能登半島で土を採取した場所がメモされている。

日本各地へ赴き、全国の土を集めてきた栗田さん。今回展示している土も、これまで集めてきた土がほとんど。この芸術祭のために新しく拾い直したのは300程度だそうです。土を集めるとき、栗田さんにはとあるルールがあるそうです。

「僕は土を集めるときは、必ず一握りだけと決めています。人間の欲望って際限がないので、きれいだから両手でもらおうとか、やっぱり布袋でもらっちゃおうとか、やっぱり2トン 車借りようかなとか、どんどん自分がやってることとかけ離れしまう。自分への戒めっていうものもあって、必ず一握りと決めてます。もしそれ以上欲しければ、もう一回来ればいい。でも、たいていもう一回行っても同じ土ってないんですよね。やっぱりどんどん変わっ ていく。一期一会で、一握り。」

作品タイトル「能登はやさしや土までも」

戯れ歌のように伝わり、広告のキャッチコピーに使用されたこともあるこの言葉。栗田さんはどのように解釈し、作品につけたのでしょうか。

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作家の栗田宏一さん。

「地質学的な土よりも、人と関わってる土に興味があるんです。どういう風にそこでその土を踏んで生きてるのかっていうことにとても興味があります。人が住んでる田んぼとか畑とか、人が手を加えているところの方がいい。嫁に来て70年間この畑を耕しているんだよね、みたいな人の畑には、そのおばあちゃん自身が染み込んでるっていうか。なんかそういうのが好きなんですよ。『能登はやさしいや土までも』という言葉は、土だけでなく人間も優しいってことがわかります。それがその僕にとっての作品のコンセプトにぴったりくるんで すね。能登でやるならコレだなって、ずっと思っていました。」

栗田さんは人の暮らしの様子を、見る人に想像させるために見せ方にこだわりました。集めた土は、太陽の下で天日干しにして乾燥させます。それをふるいにかけて、石など不純物を取り除き、サラサラの状態にします。その状態で展示することもあるそうですが、今回はさらにそこから手を加えているそうです。

「器は、この珠洲が塩の産地だったっていうのがあって、塩を作る時に使う製塩土器をイメージしています。土と水と出会わせてみたいなと思い、今回は土に水を加えて、そのひび割れを見せるという作品にしました。土ごとに粘り気とかなんかみんな違うっていうのを見せるのには、このひび割れが入るっていうのが面白いんですよ。」

ひび割れは一つ一つ模様が違います。サラサラした土を見せるよりも、ひび割れを見せた方が土と人の暮らしの様子が伝わる気がするのだとか。

地元の人と話し、土地を知る

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展示会場周辺の地元の方へ作品説明をする栗田さん。

栗田さんが初めて珠洲に来た頃、「珠洲焼に使われている粘土」がテーマでした。窯跡を探したり、陶片を拾って、練ったのか叩いたのかなどを調べていたそうです。調べを進める中 で地元の人に話を聞くこともありました。

「1990年頃に来たのが最初で、その頃は半年に一度ぐらい本当によく来てたんですよね。
当時はお金がなくて、恋路が浜の方など、色々なところで車で寝泊まりしてました。夕方に お風呂に入れる場所は、国民宿舎のやなぎだ荘だけだったんです。それで毎日のようにやな ぎだ荘の風呂に入りに行ってました。すると、当時はひげを生やしてるし、見慣れない顔が 毎日来るから、段々とおじさん達と仲良くなっちゃいました。珠洲焼の話をすると、あっち 行った方がいい、こっちに行った方がいい。あっちのお寺に行くと、こんなのがあるぞとか 色々教えてもらえて面白かったです。窯跡の家にいく時は一本お酒持っていって、友達になってもらいました。」


今でも珠洲にくる時は、1カ所は窯跡へ行き、須須神社に足を運ぶそうです。これまで何度も訪れた珠洲ですが、今でも知らないことがたくさんあり、発見があるそうです。

「一つの街を見ているだけでも、すごい多様性があります。多分、自分の視点もどんどん変わってるから、前には全然見えなかったものが見えてきたりするんです。来るたびに、同じとこに行っても違って見えます。」

私たちは自然界の一員である

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栗田さんが集めたカラフルな土を紹介している本。

この作品は、なるべく長い時間滞在して見て欲しいと栗田さんは言います。長く土を見ていると、だんだん目が慣れてきて、7色よりももっと幅広い色の違いが見えてくるのだそうです。

「この作品で何が言いたいかっていうのは、それぞれが見て感じてもらえることでいいんです。土って今ここに生きとし生けるもの、要するに、地球上のすべてのもの。植物、動物、その石の粉や砂や木のカス、人間のカスとか、みんな混じって一握りできる物質なんですよ 。ということは、自分たちがその中に入っている可能性がある。つまり、自分たちも自然界の一員であるっていうことが、その一握りの土に教えてもらえるんじゃないかな。色が綺麗っていうだけではなく、最終的には自分達が自然界の一員であるっていうところに気づいてらえればいいなと。ちょっと謙虚になるっていうか。そういうのがちょっとした願いです。」

粟田さんの作品「能登はやさしや土までも」は、珠洲市の市街地域、飯田地区にあるタクシー営業所だった建物の2階で展示されています。作品を見た後、きっと自分の家の土の色を確かめたくなる栗田さんの作品。珠洲の人たちの暮らしや、自然、自分たちの存在に、ゆっくり思いを馳せてみてください。

文:戸村華恵/写真:西海一紗


文:戸村華恵 / 写真:西海一紗