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作品制作レポート

会期もいよいよ終盤の『奥能登国際芸術祭2023』。珠洲にはたくさんの人がお越しいただき、アートを楽しんでいます。作品制作レポートでは、さらに作品を楽しめるよう、作品準備の際のお話や作品への思いを紹介します。

小山真徳「ボトルシップ」

2023年11月3日更新

今回お話を伺うのは、小山真徳さん。若山地区の北山と呼ばれる地域の棚田に、大きなボトルシップを制作しました。自然と共存する小山さんの作品。どんな思いが込められているのでしょうか。

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小山真徳さんの作品「ボトルシップ」

土地に溶け込み、地元の人たちと創作する

小山さんの制作スタイルは地元密着型。誰よりも長く珠洲に滞在し、地元に溶け込みながらその土地に住む人と会話し、時に協力を仰ぎながら制作を進めます。

今回の展示場所となる北山でも、地元の方たちにどんな作品を作るのか、そのためにどんな協力が必要なのか、一から丁寧に説明をしました。北山地域のみなさんも展示場所の設営や展示方法に積極的に意見をくださり、その様子はまるで小山さんのチームの一員のようでした。 

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北山集落での作品説明会の様子

「どこか別のところでアイディアを考え、制作したものをそのままポンと置くよりも、作品を展示する場所に長く滞在して、そこのご飯を食べて、そこの人と語り合うことで、集落の方はこういうことを思っているのかな、じゃあこうした方がいいなって、自分の中で選考していくことができる。最初の核は残したまま、肉付けは現地でしていく制作過程が、滞在して制作することの魅力であり醍醐味だと思います。2017年の第1回目の芸術祭に参加した時は、知り合いもいないから右も左も分からなくて不安を抱えてやっていました。今回はそれから6年経ち、滞在中の制作場所としてお借りしている新出製材所さんをはじめ、いろんな方々にお世話になってきました。だから今回は結構気持ちが楽というか落ち着いていて、あそこに行けば頼れる人がいるという気持ちでやってこれました。また珠洲で芸術祭をやるとなった時に、また珠洲で出来るんだ、また懐かしい方たちにあえるんだと素直に嬉しかったです。」 

木彫りの彫刻や丸木舟の制作は、三崎地区にある新出製材所さんで行いました。親子で営まれている製材所。丸木舟やビオトープの作り方など、一緒に考え制作を行いました。昼夜ハードな制作をする小山さんを技術的にも、精神的にも支えてくれたそうです。 

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新出製材所で作品制作する小山さん

自然と共存する作品づくり

作品が展示される棚田は、夏には蛍がたくさん見られる自然豊かな場所です。そんな場所に作品を展示するにあたり、小山さんはいつも以上に使う素材にこだわりました。

「北山地域は、豊かな自然が残っていて、夏には蛍が乱舞するような場所です。地元の人も本当に蛍を大切にしています。自分の作品が置かれることで蛍が去ってしまうことは絶対に避けたいと思いました。だから、着色に使う素材も化学塗料ではなく、米粉と灰を混ぜた自然に還るものを使うなど、自然との共存を一番に考えて作りました。」

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米粉と灰を混ぜて塗料をつくる

丸木舟には雨が降ると雨水が溜まってしまいます。作品を自然の中に設置するにあたり、自然の循環を考えました。

「雨が降ったときに、どうしても舟に雨水が溜まります。するとボーフラが湧いて水が腐っていきます。それならボーフラを食べるメダカをこの舟の中で育てよう、とビオトープのアイデアが進みました。泥を入れたり、北山地域に自生してるオモダカという優しい花を入れたり、見えづらい部分ですが工夫をしています。水生植物は地震で割れた珠洲焼きの中に入れて舟の中に沈めています。それはタイムカプセルのように地震の記憶も後世に残せるようにと考えたからです。かつて流れ着いたものが、取り残され遺構のように朽ちている。しかしその舟の中を覗けば、そこにメダカやゲンゴロウ、タニシなどの生命体が居着き暮らしている新たなユートピアが誕生している。廃墟と楽園が同時にあり、死と再生の循環をイメージしています。」 

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舟の中に生息するメダカ

山の中に漂流した船。北山地域の自然から創作した物語。

小山さんの作品「ボトルシップ」。ボトルの中にはどこから来たのか、3体の像を乗せた舟が入っています。舟を漕ぐ船頭、行先を照らす童女、そして仏様のように手を合わせて拝む像。素材は全て木の彫刻でできています。

「今回のわたしの作品は、かつて観光地のおみやげ屋さんで売られていた、ガラスの瓶の中に帆船などの工作物が入ったボトルシップというお土産の見た目をしています。わたしが珠洲の海岸をリサーチし漂着物を拾って歩いているときに、外国から流れ着いたマムシが入ったガラス瓶を発見したことから、頭のなかで物語が始まりました。珠洲の海岸はさまざまな珍しいものが流れ着き、海岸沿いには漂着神、漂着仏を祀る社寺が点在しています。実際、2017年と翌年の2018年の2回、漂着仏を海岸で拾った方にも会いました。それほど頻繁に仏様が流れ着くぐらいですから、太古にも流れ着いていても決しておかしくないと思ったのです。北山地域は珠洲の中でもとくに山奥に位置しますが、もしかしたら昔は海岸線がこの山奥にまであって、長い時間をかけて、このボトルシップがここに到着し遺されたかもしれないというイメージを持って作りました。船頭として櫂のかわりに錫杖を持つお地蔵さまの像、蓮の上に座り合掌する仏様のような像、そして行く先に明かりを照らす未来への希望として女の子の像を乗せました。舟には杉の木。彫刻の像は、タモ、ケヤキ、アテを使い、全て能登産の木を使用しています。」

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舟を漕ぐ船頭と、仏様のように手を合わせて拝む像

舟には杉の木が使われているそうです。展示される北山地域は、海が見えない山の中。そんなところに舟があるのは、少し不思議な光景です。どんなイメージで作られたのでしょうか。

「時間軸を演出する場合、海岸沿いでは流れ着いた時間は短いですが、山奥ならば想像を膨らませることによって悠久の時間をかけて辿り着いたように見せられると思ったからです。珠洲には6月から滞在しているのですが、作品を置く北山地域の方々と触れ合って、どういう彫刻が舟に乗って現れたら素敵かなと想像しました。普段、お地蔵さんとか仏様を拝みに行く場合、自らどこかのお堂に行くのが普通ですが、仏様やお地蔵さんが向こうから流れついてやって来たら面白いなと思ったんです。それは北山の風景が神秘的でどこか懐かしいと感じる風景であったため、ここになら仏さまが現れても不思議ではないかもしれないと思ったからです。仏像のような彫刻を作るのは初めてなんですけど、舟の中にそういう彫刻を乗せたい、わたし自身がその光景を見たいと思いました。一番後方で舟を漕ぐお地蔵さんの持ってる棒は、あえて細いものを持たせています。普通こんなものでは漕げません。一生懸命漕いできたという動きよりも、お地蔵さんの法力でこの舟はここに辿り着いたという静的なイメージで櫂のかわりに細い錫杖(しゃくじょう)を持たせています。錫杖の素材は樫の木です。これはむかし、舟を漕ぐために使われていた櫓を持っていた新出製材所さんに譲っていただいて加工したものです。舟を漕ぐという役割として合致しました。その錫杖の先端部分には銛(もり)のようなデザインの装飾を取り付けています。錫杖を持つ反対の手にはタコガイを法具のように持たせています。タゴガイは珠洲の海岸に流れ着く繊細な漂着物です。これらのデザインにした理由はこの作品が海からやって来たことを暗示させるためのものです。ボトルシップのアイデアは、2017年の時からありましたが、その時はいまとは違う別なものが舟に乗っていました。それも滞在しながら変わっていったところです。」

土地の神様へ手順を踏む、小山さんの礼儀。

8月中旬、小山さんは北山地域の人たちと一緒に土地の神様へ挨拶をするために、地鎮祭を行いました。小山さんは珠洲を奇跡が起こる土地だと言います。

「一番気にしてたのは田んぼでやるってことなんです。田んぼ、つまりお米は日本人の心ですから、たとえ休耕田であろうとそこにはきっと田の神様がいるし、ちゃんと手順を踏まなきゃダメだろうと思い、北山の方々のご協力で地鎮祭をやりました。宮司さんの祝詞が始まった瞬間に、ファーっと心地よい風が吹いたんですよ。ああ、もしかしたらいい方向に行くかもしれないなぁと感じました。本当にやってよかったなと思いましたね。気持ちがちょっと心機一転というか、清められ、そこでものごとが進み始めたと感じました。この珠洲は奇跡が平然と起こるようなところがあるとわたしは思っています。2017年の芸術祭の作品制作のときには、思いもよらないことが数多くありました。きっと作品を作る時に何かが宿っちゃうんだろうと思います。わたし自身は意識していませんが、依代のようなものを作っていたのだと思いました。だから今回の作品を作る時も、大きな作品だけに、事故や怪我がないように手順を踏んでいった方が良いだろう、もしものことがないようにと祈りました。そういう見えざる力も味方につけた方がいいと思っています。古臭い考えかもしれないけど、わたしには大切なことでした。」

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地元の皆さんと船をボトルシップに搬入する様子

北山への作品搬入も地域の方と一緒に行いました。近隣の神主さんたちが太鼓を叩き、制作面で協力頂いた新出製材所の新出さんが音頭を取り、地域の方たちと一緒に、舟を引くゴロを用いて設置をしました。地域の方の輪に加わって、心を一つに搬入する様子は、小山さんの作品作りが彫刻だけでなく地域の方との繋がりまで築いているのだと思わせてくれました。 

小山さんの作品は北山の棚田に展示されています。山の中に漂流した舟は、見る人の想像を掻き立てます。作品と、作品の中で生きる新しい生態系を一緒に見守ってください。 

文:戸村華恵/写真:西海一紗


文:戸村華恵 / 写真:西海一紗