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作品制作レポート

会期まであと少しとなった8月、続々と作家たちが作品を仕上げに珠洲を訪れています。作品制作レポートではより芸術祭を楽しめるように、準備の様子や、作品完成間近の作家たちに作品への思いを聞いていきます。

嘉春佳「祈りのかたち」

2023年8月30日更新

今回お話を伺うのは、嘉春佳さん。旧上黒丸小中学校の図書室で古着を扱った作品を展示します。珠洲市内から古着を集め、珠洲という土地で続いてきた人々の暮らしを想起させるインスタレーションを展示します。

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「祈りのかたち」作品イメージ

古着を用いて記憶を形にする

古着は、着ていた個人のある時期の出来事や生活の記憶をはらんでいる、と嘉さんは考えます。嘉さんは留学先のスウェーデンで古着の魅力に気づき作品に用いてきました。

「私は言葉がそんなに得意ではなくて留学先でコミュニケーションがうまく取れなかったんです。だからひとりでギャラリーなど色々な場所に行っていました。その中で、地下にあるちょっと怪しい感じのフリーマーケットみたいなところ、スウェーデンではLoppis(ロッピス)っていうんですけど、そこを見に行ったんです。そこには古着が売られてるエリアがあって、服は畳まれもせずに山積みになっていて、その古着の山を見た時に、そこで過ごした人が確かにいたんだなということを感じました。そこで50着一気に衝動的に買って、そのままその土地で作品を作った経験が古着をテーマにするきっかけです。土地ごとに服の集まり方が全然違ったりとか、色合いだったりとか年齢層が違ったりするので、それがすごく面白いなって思い最近は古着を扱った手法になってます。」

「今は誰も着ていない、けれど過去に誰かが着ていた古着の山は、そこに人の身体が在るよりもはるかに強く、着ていた誰かの存在を想起させた。」古着は嘉さんにとって、誰かの記憶をたどることができる大切なモチーフです。

「あえのこと」奥能登・珠洲に伝わる農耕儀礼

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作家の嘉春佳さん

現在は茨城に住み、大学の助手の仕事をしながら制作に励む嘉さん。今回は企画公募に応募し、参加が決定しました。公募を見るまで奥能登や珠洲についてはほとんど知らなかったそうです。

「奥能登国際芸術祭の公募サイトを見つけた頃、そのタイミングで金沢の美術館へ行き、21世紀美術館や国立工芸館を回っていました。石川県立歴史博物館にも足を運んだとき、そこにお祭りについてのコーナーがあったんです。それを見てる時に祭りというのが、神様との共同飲食で神様をもてなすというところから始まってるということを知って、その時に器というものがすごい重要だったんだなということを思いました。それを考えるタイミングと公募のタイミングが重なったのが作品制作のきっかけです。そして珠洲のことを知った時に、『あえのこと』など儀礼的なものが残ってる土地だということを知って、作品制作のアイディアと結びつけられそうだなと思いました。」 

「あえのこと」とは、奥能登地域で伝承されてきた農耕儀礼で、「あえ」はもてなし、「こと」は祭りを意味します。神前にご馳走を盛って田の神様をもてなし、1年の収穫の感謝と次の年の五穀豊穣を祈ります。そのご馳走を盛っている『器』に嘉さんは興味をひかれ、作品のアイデアと結びつけました。タイトルは「祈りのかたち」。どんな想いが込められているのでしょうか。 

「神様と土地の人たちがその儀礼の場で共同飲食するときに必ず『器』を使うというところに着目しました。次の年の豊作や人々の祈りや願いを込めたご馳走を盛って神様に食べてもらうもの、それが『器』なんじゃないかなと思ってます。そして『器』というものは人がその土地で生きていく中で使うものでもあり、祈りとか願いが込められたものなんじゃないかなっていうことを思い、タイトルにしました。」

記憶をたどりながらの制作準備

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珠洲市中から集まった古着

珠洲市中から募集した古着は、約500着も集まりました。図書室は今、古着でいっぱいです。嘉さんはそれらを作品にするため、黙々と作業をされています。

「バブル時代のスカートや、肩パッドが入っているジャケットなど、時間の流れを感じさせるような洋服がありました。若い頃に着ていて捨てられなくてずっと残していたんじゃないかな。集まった洋服を仕分けながら、どんな風に着ていたのか想像するのは楽しいです。こども服のタグにお名前が書いてあるのを見つけたときは、かわいいなってときめきました。」 

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ワークショップの様子

7月と8月に、嘉さんは珠洲で暮らす方を対象にワークショップを開催しました。みなさんに思い出の古着を持ち寄っていただき、それらをリメイクしました。

とある女性が持ち寄った服は、入社式のために両親に買ってもらったスーツ。制服が指定されているデパートに就職したため、入社式当日には残念ながら着ることができなかったそうです。「昔は細かったでしょ!」とか、皆さん楽しくお話しながら作業をしていました。

「ワークショップにはみなさん積極的に参加してくださって、たくさんおしゃべりしてくれました。この学校で育ってこの学校を卒業されたという方が、校歌とか歌ってる場面がありました。私の知らない珠洲の方言を教えてくれて、すごく面白かったです。参加してくれた方の暮らしぶりが見れたらいいなと思います。」 

ワークショップで作って頂いた作品は、図書室の隣の教室で展示します。完成した作品には使った服の思い出や、珠洲で暮らす日々のことが書き添えられています。 

「私が作って展示するものは、全体像としてその土地に生きる人々の姿を見る作品になるので、ひとつひとつの古着についての思い出が見えたらいいなと。」

珠洲の人と祭

嘉さんはワークショップと作品制作のために何度も珠洲へ足を運んでいます。制作の合間には、珠洲焼体験や宝立七夕キリコまつりを見に行くことができたそうです。その中で珠洲の人の優しさに触れました。

「珠洲は人がすごく優しいです。宿舎の近くで小さいキリコをかついでる人たちを偶然見かけて道端で見ていたら、その手前のお家の方が喋りかけてくれたんです。あれは海には入らないけど、大きいのは今から海行くよ、と教えてくれました。地元や東京で過ごしてる時、知らない人と話すことはあまりないですけど、珠洲の方は色々教えてくれたり話しかけてくれたりとかすごい親切だなと感じます。お祭りもすごかったですね。私も頑張らないと。気合いが入りました。」

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嘉さんの作品「祈りのかたち」は若山地区・旧上黒丸小中学校2階の図書室で展示されます。珠洲の人たちのどんな暮らしや祈りが見えるのでしょうか。ゆっくりと想像しながらご覧ください。

文:戸村華恵/写真:中島祥太・西海一紗


文:戸村華恵 / 写真:西海一紗