今回お話を伺ったのは旧珠洲駅である道の駅すずなりのホームにて即興でお客さんと物語を作る「いちまいばなし」のパフォーマンスを行う佐藤悠さん。展示している作品を鑑賞するだけでなく、お客さんが作り手として参加することで作品が完成するアートです。
「いちまいばなし」とは、お客さんの発想を繋いで一枚の紙に絵を描いていくアートです。その場に居合わせたお客さんが自由にイメージをリレーするので、お話は誰にも想像できない唯一無二の作品が出来上がります。はじめは尻込みする参加者も佐藤さんの巧みな誘導によって、イメージが引き出され、老若男女を問わず、物語の作り手になることを楽しみます。
「まず参加の意思があるかどうかってのが、すごく大事です。やりたくない人がやるのはよくない。多少なりとも、これはなんだろう?、ちょっと足を止めてもいいかなぐらいの気持ちがないと、やっぱり後々面白くなっていかないんです。まずここでやりたいっていう人たちが集まるのを待つっていうのが、一番大事な仕事なんです。やりたい人が来てれば、6割ぐらいは作品は完成していますね。そしてそれから緊張をほぐし、作り方を理解してもらうために練習を始めます。山という言葉からイメージを始めて、山に何がいますか?それは何をしてますか?そしたらどうなりますか?と短いお話を繋ぎます。練習すると、お客さんの塩梅や性格が見えてきます。どう振っていけば自由にみんなが発想できるか、様子を見ています。本番では約束を3つだけ設けて、あとはお客さんに委ねています。」
お客さんと一緒に物語をつくりながら絵を描く作家の佐藤悠さん
「いちまいばなし」の3つの約束。①みんなが知っているものを言うこと。②話す順番を守ること。③沈黙が起きても、温かい気持ちで見守ること。
「みんなが知っているものを言うのは、例えば家族や自分の知り合いの名前を出すと、リアリティに引っ張られて自由に発想が広がらないんです。その場に居合わせた知らない人同士で話すので、どこかに実在する人に遠慮して無茶苦茶できないのはよくないんです。あとは既存のキャラクターが出てこないようにする目的や、世代や国を超えてお話をつくりやすくする目的があります。2つ目は話す順番を守ること。特に親子連れだと、両親の方が恥ずかしがって子供に聞いてしまう場合や、子供が少しでも躊躇するとすかさず割って入ってくることがあります。順番を守って話してもらうことで、その人を孤立させ、自分なりに物語に向き合ってもらいます。3つ目は沈黙が起きても周囲が答えを待つこと。その時間は、その人が考えている大事な時間なので、他の人には風景やスマホでも見て目線を逸らし、あまりその黙っている人の方を見ないように、と冗談混じりで伝えています。」
佐藤さんは、2011年から「いちまいばなし」のプロジェクトを続けてきました。これらの約束は10年以上続けてきたからこそ辿りついた佐藤さんの技でもあります。特に3つ目の約束は、長く「いちまいばなし」を続けてきた中でも忘れられない回の中で生まれました。
「子供教室のイベントで『いちまいばなし』を行った時でした。Rちゃんという当時1年生の子が、6年生に混じって参加してくれたんです。周りがお姉さんばかりということもあってか、彼女の順番が回ってくると何も話せないということが結構続いちゃったんです。僕もやり始めたばかりのまだ何ヶ月も経ってない頃で、あと少しで言えそうなんだけど、なかなか言えないみたいな感じをうまく引き出せなかったんです。終わった後とても反省して、言えなかった雰囲気がトラウマになってしまったらどうしようと思っていました。後日、Rちゃんのお母さんと会う機会があり、その日のことを話しました。Rちゃんにとって楽しくない時間だったかもしれません、と謝ったんです。そしたらお母さんは、その日Rちゃんがとても上機嫌で帰ってきて、やりきった感じだったと教えてくれたんです。それから彼女は僕のポストカードを買ってくれるほどファンになってくれました。そのことを通して、あの待ってる時間はとても大切だったんだなと気づいたんです。そして先回りしてその人の考えてることを考えても仕方がないと思うようになりました。」
作品会場の旧珠洲駅に駐在している佐藤悠さん
佐藤さんはお話の司会として、それでどうした?何がきた?どう思った?など、話を次々に振っていきます。参加者たちはその言葉に乗って、イメージを自然と引き出され、奇想天外な物語が作られていきます。
「参加者が途中で何を言うか困ってしまって、話が止まってしまうということはよくあります。でもそれは、いいことを言いたいとか、恥をかきたくないとか、お話を台無しにしたくないとか、ある意味その人の『欲』なんですよね。でもそれって面白さの材料なんですよね。それが原動力となってお話を動かしてくれるんです。僕の役割はその欲を自然に出るように、時にリラックスさせたり、プレッシャーをかけたりすることです。」
佐藤さんはいちまいばなしは、音楽に近いところがあると言います。
「歌の歌詞の意味に何かを見出すこともあるけど、歌詞は何を言ってるかわからないけど、言い回しやリズム的なところで心が動くこともありますよね。いちまいばなしは、僕自身がラップが好きなので、フリースタイルラップに近づけて考えている部分があって、発話された言葉そのものが持つ意味や文脈が面白い場合もあれば、そのタイミング、その言い回しで発話されることによって、普段はなんでもない言葉がその瞬間にものすごく輝く。ということもあります。
ラップのリリック(歌詞)とフロウ(言い回し)のような関係で、冷静に考えると歌詞の意味はつながっていないけど、このタイミングでこう言われると、パンチラインとなってガツンとくる時がある。いちまいばなしも、話の筋としての整合性はよくわからないけど、このタイミングでそのワードが出ると面白いみたいなことがよくあります。ある時はリリックのセンスで、ある時はフロウのグルーヴ感で、参加者同士でフリースタイルセッションをしているような感覚です。」
3つの約束だけを守って、あとはその場にいる人たちの自由な発想に委ねる佐藤さんの「いちまいばなし」。物語は普通ではとても思いつかないような起承転結もめちゃくちゃな物語が出来上がっていきます。佐藤さんはあえてどの話が面白かったか、よくできたかということは考えないようにしているそうです。
「僕がお話の面白さを決めるわけではないんです。面白いものがその場に既にあるわけではなくて、全てを面白いと思える状況にどうやってみんなで一緒に行けるか。僕は参加している人たちを引っ張っているわけではないんです。居合わせるグループによって、面白いと思えるものは違うので。お話の行く方向は参加している人が手探りの中で決めていけるように、僕はみんなの背中を押しているだけです。そして辿り着いたところで、ここも面白いんだ!って僕は発見するんです。それを見つけていくことが面白いんです。」
現在作品は道の駅すずなりがある旧珠洲駅にて展示されています。佐藤さんのパフォーマンスがないときも、実際にここで作られた150作以上のおはなしを読んだり、かつての旧珠洲駅の姿や当時の電車の走る音を鑑賞することができます。作品を展示する前には、電車が走っていた当時を知る地元の方にインタビューをされたそうです。
佐藤さんのパフォーマンスを見に、かつてホームだった場所に人が集まる様子は、そこが駅として賑わっていた当時を思い出させてくれます。
会期は残すところ2週間となりました。「おはなしの駅すず」では、みなさんを新しい面白い場所へ連れて行ってくれます。金・土・日にご来場の方はぜひ一緒にその場限りの唯一無二の作品を作ってみませんか?
日時:会期中毎週金・土・日
会場:旧珠洲駅(道の駅すずなり)
予約:不要
料金:無料
▼「おはなしの駅すず」で制作された物語は佐藤さんのWEBサイトで詳細されています。
https://www.yusatoweb.com/suzuohanashistation
文:戸村華恵/写真:岡村喜知郎
文:戸村華恵 / 写真:西海一紗