最涯珠洲を語る

#11 Aya mermaid

#11 Aya mermaid

2017.10.03

Aya mermaid

Aya mermaid バーレスクダンサーfrom AFTER PARTY TOKYO

Aya mermaid バーレスクダンサーfrom AFTER PARTY TOKYO
10代の頃に上京しモデル活動、海外生活など様々な経験を経て現在は東京の新宿歌舞伎町を拠点にしバーレスクダンサーとして活動している。お客様を楽しませる最高のエンターテイメ ントです。

大きなビルが建つとか
そんなことじゃなく、
日常に溶け込んだかたちで
無理ない変化が起きて
子供の頃の活気ある街がまた戻ったらうれしい。

photo : eiichi yoshioka
旧レストラン(飯田地区): さいはての「キャバレー準備中」
そこはいつも準備中の、さいはてのキャバレー。昔は定
期船の待合室として使われていた建物だ。キャバレーと
は本来ダンスやコメディを楽しむ舞台のあるレストラン
であり、文化の集まるところだった。 会期中、食時やお
酒が楽しめるオトナの社交場へとして幻のように動き出
し文化の集う場所となる。

キャバレー企画のこと聞いた時、私しかいない!って思いました。

ダンサー歴はまだ2、3年。20代モデル活動をして、世界のいろんな街を放浪したのち、日本にもどってきました。バーレスクっていう踊りは、ひとつひとつのストーリーにのせて、エロティック&神秘的な物語を踊る舞踏であり、アートです。もともと人気のあるダンスだったんですが、ストリップがいろんな意味で日本で大きな存在になる流れにかき消されるようにして聞かれなくなっていきました。去年の夏に帰ってきたときに、芸術祭がある。しかも、キャバレー企画が動いているって聞いて、もう「私しかいない!」って思って。今回、本当に選ばれてすごく嬉しいんです。

20年ぶりに珠洲に帰った時に感じた空気感と安心感。

もともと珠洲の若山の出身です。子供の頃は住んでいる場所が嫌いで。中学生ぐらいになると、周囲の目もうるさいし、自分には目立ちたい精神もあったし、目立つとぶつかるし。それが窮屈だなあって思ってました。今は全く違いますね。大好きです。19で離れてから20年ぐらい帰らなくて、地元のこととか忘れ始めてたんですけど、SNSが流行りだしてまた地元の友達に久々につながるようになって、思い出すことが多くなってきて。で、祭りのタイミングで一回帰ったんです。そのときに感じた言い表せない空気感とか安心感とかがうわっときて。

夜、なんとなく友達の家に集まってなんとなく飲み始めて、っていうこの場所ならではの感じが好きですね。東京だと予定たてて待ち合わせしてってなるじゃないですか。人のナチュラル感もすきですね。もちろん硬いところもあるけど、独特のナチュラルさが好き。珠洲には帰りたいです。すごく戻ってきたい。でも、闇雲に戻ってもしょうがない。今やってることが珠洲でも続けられる保証はないですし。勢いに任せて今帰って生まれ故郷が大好きになっている自分がまた嫌いになってしまうのが怖いなという想いもあります。
photo : eiichi yoshioka

奥能登って何がいいのか、伝えにくい場所

魚が好きですね。珠洲の。うちのお父さんが釣りをやってて釣りをしてたから、よく魚を釣ってきてたんですよ。お父さんは魚嫌いだから、家ではあんまり食べてなかったですけどね。中学ぐらいの時に知り合いの人に寿司屋に連れて行ってもらって新鮮な中トロの美味しさに感動したんです。日中は釣りしてる人みないですけど、みんな朝、自分の船にのって沖にでたり堤防で釣ったりしてます。鶏野菜みそもおいしいです。給料日とかによく食べてました。

奥能登って何がいいのか、って伝えにくい。知り合いとか珠洲にいないと、来ても楽しくないかもって思うこともあります。人に来て欲しいって思っている反面、観光客にたくさん来て欲しくないと思ってるところもある。地元を出た人には出てわかる珠洲の良さがあるから、みんな一生懸命その良さを都会の人達に伝えようと頑張る。でもそれは、残った地元の人にとっては「外に出たもんが、、、」ってところもあって複雑なんです。芸術祭に対する気持ちは「自分には関係ない」的な感じも地元にはきっとある。でも、最涯ボーイズとか、若い子たちの一生懸命もたくさんある。いろいろです。

祭りだけは、途絶えずにずっと守って欲しいもの。

珠洲がこの先ずっと守っていて欲しいと思うのは、祭りです。担ぎ手も減っているので、昔と同じようにできなくなってる。各町内で維持してると思うんですけど、それも家の数とか減っていくとたいへんになる。キリコも大きなものになると保存するのがたいへんになります。その中でお金の面も含め本当にこれからもっと 大変になってくるんじゃないかと思います。

祭りの時は、男も女もほんとかっこいい。その元気な生き生きした顔が見たくって、帰りたくなる。一年中、みんな祭りの話してるんです。祭りの前にも、祭りが終わっても、祭りの話ししてる。そういう祭りにまつわる濃い伝統は、珠洲独特のものかもしれないですね。東京でも祭りに参加しますが、それはやっぱりちょっと違うんです。最近の東京では、祭りの寄付を集めに行っても、神輿が家の前を通らないから寄付しない、とか、子供がいないから参加しません、とか、会社はあっても自宅があるわけじゃないから関係ありません、とか、いろいろな理由で地元の祭りに関係を持たない人が増えてるって聞きます。珠洲では生活とともに祭りがあって、日常と深く結びついていて、小さい頃から自然に関わっていて。珠洲の祭りはおじいちゃんおばあちゃんの代から、その前からずっと日常として受け継がれていて、当たり前のようにあって。そういうところがすごく好きなんですよね。

元気だった珠洲が戻ってくれたらいい

わたしにとっては大事な故郷なので、あんまり無理に観光化して欲しくないという気持ちあります。でも、人には来て欲しいとか、矛盾してるんですけどね。20年の間に、商店街とか祭りとか、時が止まっているようで変わってしまっていろところもある。昔より色あせた感じ、寂しく感じるところはあるんです。昔はお父さんの会社にもたくさん人がいたけど、今は人も少なくなってるっとも思うし。自分が昔に見ていた元気だった珠洲が戻って欲しいと思います。

でかいビルが建って欲しいわけでもないし、ディズニーランドにきて欲しいわけでもないし。東京の人と話してると「じゃあこんなお店を建てればいいとか、人を呼べるイベントをやればいい」的な事を簡単に言う人がいます。余計なお世話ですよね。珠洲には珠洲の繋がりがあるので そんな簡単にはいかない。日本を代表する絶景やら名物やらがあるわけでもないけど、珠洲にしかない景色や美味しい食べ物は沢山あります。芸術祭をきっかけに、大発展して欲しいわけじゃない。日常に溶け込んだかたちで無理ない変化が起きていくといいなって思います。
photo : eiichi yoshioka
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