最涯珠洲を語る

#07 宗玄酒造株式会社 淺田星太郎

#07 宗玄酒造株式会社 淺田星太郎

2017.08.15

淺田 星太郎/Hoshitaro Asada

淺田 星太郎/Hoshitaro Asada

淺田 星太郎/Hoshitaro Asada
1987年三重県出身。広島大学院修了後、能登杜氏発祥の蔵元、宗玄酒造(株)に入社。「一客再来」をモットーに、2018年に創業250年を迎える能登最古の酒蔵の伝統を受け継ぐ。石川の未来を担う若者達として、第27回石川TOYP大賞を受賞。現在、珠洲に移住して5年が経ち、地域の祭りなどでも重役を担う。

珠洲には言語化されていない魅力、
「珠洲のヒミツ」みたいなものがあって
それを伝えること
伝える力を得ていくことは
とても重要なことだと思っています。

海外に日本の酒文化を発信したくて 能登杜氏発祥の蔵元へ

私は、Iターンで珠洲に来ました。それは宗玄酒造が珠洲にあったからです。珠洲で暮らしていくうちに、珠洲市の魅力に惹かれていったというタイプです。
もともと広島大学で酵母菌を使ったガンの研究していました。製薬会社や食品会社に多くが進む学部です。海外旅行に行った際、日本文化の誤った認識がいろいろ存在していることが気になった経験があり、それが就職のとき自分の進路を考え直すきっかけになりました。自分が本当に何がしたいのか、と。結果、海外に日本の文化を発信する仕事を選択しようと決めました。そしてその中でも、大学時代に親しんだ酒であり、自分が研究していた酵母とも関係深いものである日本酒を選びました。どうせやるなら一番おいしい日本酒にしたいと思って飲みあさっていた時、親父がたまたま飲ませてくれた日本酒、それが宗玄だったのです。今でも覚えている青い瓶。それがとてもうまくて、これしかない、ってなりました。

うまみが濃いのにスッキリしている 能登の地形と酒文化が育んだ固有価値

宗玄を好きなお客さんは宗玄だけが好き、それが宗玄という酒なんです。
宗玄を美味しい酒にしている理由は、大きく3つのあります。1つ目は、能登独特の飲まれ方。もともと能登には漁師町がいっぱいあって、漁を終えた漁師さんは寝る前に日本酒を飲んできました。それは疲れた体を癒すためです。疲れた体を癒すのはアミノ酸。アミノ酸は旨味そのものなんです。結果として、そうした旨味の多い酒を求める文化が能登に育っていったのです。味が濃いのにスッキリしている飲み口はそうして生まれていきました。
2つ目は、水。能登の山は低いのが特長です。山が低いということは、水が流れてくる地下の過程が短くなります。その結果、地層に含まれるミネラルをあまり吸収しないで出てくることになります。だから能登の水は、硬水ではなく軟水になるのです。軟水という特長も能登の酒をうまくしている理由の一つです。
そして3つ目は、その仕込み方。能登の酒づくりは、小仕込みと言って、一回に仕込む量を少なくする仕込み方にこだわってきました。少なくすることによって安定した品質を保つことができるからです。多く仕込めば生産効率は上がりコストも下がりますが、その分、品質のムラやばらつきが発生するのです。最近は、小さな酒蔵などがつくる毎年変化する味を楽しむお客さんも増えていますが、宗玄はそういう酒ではありません。宗玄の変わらぬ味を愛してくださるお客さまに、安定したおいしさをお届けしたい酒なんです。

日本酒がもっている独特の力をもって 人を集める、人をつなぐ。

珠洲という地域と酒文化の関係、酒がもっている独特の力、酒だからこそ生み出せる人と人の関係などをいろいろ思い巡らせる中で、酒を通じてできる新しい何かを考えるようになりました。そのひとつが、日本酒の好きな人たちを珠洲に集めて、田植えし、稲刈りし、できたお酒で乾杯する「Okunoto Sake Camp」という企画です。東京だったら都市文化があって、京都だったら歴史文化があって、別府に行ったら温泉があって。でも能登ってそうしたひとことで言えるものが思い浮かばないのです。でもこの地に人を集めるには、奥能登の魅力をわかりやすく伝える何かをたてる必要がある。そこで私は「酒文化を通じてみんながつながれる場所」とこの場所を位置づけて人を集めようと考えたのです。まず最初に日本酒をテーマに掲げる大学サークルにDMを送り、学生を集めて酒合宿をやりました。一人ひとりに自分がリスペクトする日本酒を1本持ち寄ってもらい、米作りに参加した夜に、日本酒を紹介し合う企画です。最初の1年目は10人ぐらいしか集まりませんでした。でも2年目には50人、3年目は100人とどんどん増えていきました。そこで交流が生まれ、酒好き同士の交流だけでなく、地元の農家さんとの交流まで生まれていきました。自分の知らないところで個別に連絡をとりあい、さらなる関係が発展していくことは意外な収穫でした。

全体がコンパクトで繋ぎやすい。そこに地域としての可能性がある。

私が見つけた「珠洲のいいところ」がひとつあります。それは人々を繋ぎやすいということです。これまで、タイムカプセルに貯蔵した日本酒を5年後の成人式にあける中学生企画や、全国から酒好きを集めて田植えする企画などいろいろ挑戦してきましたが、能登はエリアがコンパクトなので車で回れる範囲にすべてのものがあり、会いたい人に会いやすいのです。何かをやりたいって思った時に、どう繋げばいいのかがわかりやすく動きやすいのです。もちろん最初からうまくいくわけではありません。でも、思いきって動いてみると、次第に皆さんの理解も深まり、協力してくれる人も増えてくる。つなぐ活動もできやすくなっていくのです。私がいろんなイベントをやってこれたのは、奥能登という地だからこそだと感じます。その意味では、芸術祭も一回目がいい体験になっていくことがとても重要ですし、その成功が二回目以降の大成功につながるのかもしれません。

言葉にしにくい珠洲の良さ、伝える努力や伝える工夫を大切にしたい

飯田高校で就職説明会をやった時に、集まった高校生たちに珠洲のいいところを聞いてみたら、みんななかなか答えられないことがありました。珠洲のいいものは日常の中に静かにあって、その良さを言葉にして外の人に伝えるのが難しい。たしかに難しいのです。そこで私は逆に、外の人たちを自分たちの日常に呼んで良さを伝える方法を考えればいいと考えるようになりました。たとえばOkunoto Sake Campのような企画では、自分たちでつくった米を炊いて食べる企画の中で、畑で採ってきたばかりの新鮮野菜を農家の奥さんに天ぷらにしてもらって食べる体験を提供しています。地元ではごくごく普通の食材なのですが、 都会の人にはそれが新鮮でおいしい、こんなの食べたことないと言っていただける。そうした見せ方や伝え方が大事なのだと思っています。少しでも自分から発信できるように意識することは、地域活性にとって重要だと感じています。
芸術祭においても、珠洲ならではの何か、「珠洲のヒミツ」とも言える珠洲独特の魅力に触れるきっかけを芸術祭が提供してくれたらと思います。芸術家さんたちが気づき紐解く魅力に、お客さんたちが自然に触れていく流れですね。
珠洲がこの先100年大切にすべきことは何ですか?
地元の住民が減少し移住者が増えてくる時代的流れの中で、必然的に変わっていくものも増えます。でもだからこそ、その中で変わってはいけないものの守り方が重要ですよね。 珠洲のヒミツみたいなものが何なのか。その残し方をどう考えるのか。そこが大切だと思います。
珠洲のおすすめスポットを教えてください。
メジャーですが、見附島でしょうか。この前でひと休みすると初心に戻れます。とても不思議な岩です。背景には立山連峰が見える日もあり、朝日に照らされる日もあり、雪が積もる日もある。横にもうひとつ小さな岩があるのですが、昔はもっと大きかった岩が削られて小さくなってしまったものです。見附島もいずれ風化してそうした姿になっていくわけですよね。時代を共にする生きもののように感じます。
おすすめスポット: 見附島
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