最涯珠洲を語る

#05 映画解説者 中井圭

#05 映画解説者 中井圭

2017.07.02

中井 圭/Kei Nakai

中井 圭/Kei Nakai

中井 圭/Kei Nakai
映画解説者。1977年、兵庫県出身。WOWOW「映画工房」、ニコ生公式「WOWOWぷらすと」「シネマのミカタ」、TOKYO FM「TOKYO FM WORLD」「高橋みなみのこれから、何する?」などの映画情報番組にレギュラー出演中。映画誌「CUT」「観ずに死ねるか」シリーズ寄稿。「京都国際学生映画祭」最終審査員。「東京国際映画祭」など多数の映画トークイベントに登壇。「映画の天才」「映活」「ナカメキノ」「偶然の学校」など、映画普及や次世代育成に関する企画を主催。奥能登国際芸術祭では周知イベントとして「奥能登珠洲星ぞら上映会」企画・実施。

観光地に行くと、目的地にばかり集中して
それをスマホで撮って満足していたりする。
むしろ僕は、みんなが見なきゃいけないと思っている
スポットとスポットの間にこそ珠洲の本質があると思います。

旅好き、寿司好きが語らずにはいられない、奥能登の魅力。

ぼくは旅行がすごく好きなので全国いろいろ行っているんですけど、能登はやっぱり「秘境感」があるんですよね。金沢に行って北陸をわかった気になってるんじゃねえぞって、ちょっと思いましたね。車で行くしかないというハードルの高さもあって、手付かずというか、消費されづらい場所なんじゃないかと思います。行きにくいところにあえて行くんだというのが人間の心理にはあって、そういう特別感みたいなところはあるのかな、と。

ぼくは寿司が好きで魚介にはけっこううるさいんですけど(笑)能登半島って全国の漁港から船が集まるくらい、いい魚が獲れるホットスポットなんですよね。日本全国のおいしい魚のトップオブトップは築地に運ばれて銀座で消費されるけど、能登で獲れるガスエビみたいに傷みやすいものは輸送できないから、地産地消になる。だからぼくは能登に行ったら、現地でしか食べられないものを食べる。すごい美味しいんですよ。

食の話で言うと、珠洲のキリコ祭りではヨバレ(※)という風習があって、今回の芸術祭では一般の方もそこに参加できる可能性があると聞いています。スペインで行われるサンセバスチャン国際映画祭っていうのがあるんですが、そこは映画が観れてごはんが美味しいっていう組み合わせで、世界でもすごく魅力的な映画祭って言われているんですね。芸術祭も、見るだけじゃなくて街全体を食べる、味わうっていう五感で楽しめるのって、すごく魅力的ですよね。
※ヨバレ
各家庭にお世話になっている人などを招いて、この日のために用意した「ごっつぉ(ごちそう)」でもてなす風習。

文化芸術が暮らしの中にあるということ

今回、奥能登に芸術祭が入ってくることって、僕はけっこういいなと思っています。おそらく、ぼくもそうなんですけど、文化芸術から学ぶことってめちゃめちゃ大きくって。中井家は文化芸術に全然興味がなかったんですが、ぼくは実家の電気屋で店番している時にWOWOWで映画を観たりして文化的素養がついてきた。そういう経験ってすごい大事で、おそらく芸術祭が開催されると、芸術があると思って見なくても触れることができる。特に珠洲に生きるこどもたちにとって興味関心を持つきっかけがあるっていうのはすごい大事だなと思いました。

奥能登のわかりにくさ、消費しにくさ。そこの本質がある。

たとえば、「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」という映画。ワンショット長回しで2時間撮りました、みたいな特徴がある作品は表現しやすいんですけど、ジャームッシュの映画を解説しようとするとけっこう難しいんですね。言語化しづらいけど記憶に残って、よかったよねって何回も言ってしまうみたいな。たぶん、消費されづらいんだと思います、それって。奥能登ってその感じに似ている。捉えようがないから、みんな気になる。そういうところなんじゃないですかね。

今の時代とすごく対比的な存在であるというか。今ってググれば答えが出るじゃないですか。何の映画が面白いのか検索して、評判のいいものを観て、感想を書く。でも、みんな、答え合わせしているんですよ。例えば、有識者みたいな人がこの映画はこうだったと言っていることに対して、自分の意見をその人の意見に寄せるという行為や、合っているのか?ということを確認してたりする。すごく効率性を重視するというか、自分の感覚をあまり信じていないっていうか、そういう人がすごく増えた気がする。芸術ってそもそもそういうことじゃないだろう、とぼくはすごく思っています。
世の中、ベストテンが流行っていて。年末に映画のベストテンを出すと一番反応がいいんですね。すごく現代的だなと思う。忙しくて余裕もないから効率性重視。みんなそこが知りたいと思う。ぼくは年間500本の新作映画を観ているんですけど、10本の本質は490本にあると思っていて、無駄と思われる490本の上で成り立っている10本だったりするんですね。本当のことを掴もうとすると「非効率」でいかないといけない、という部分がやっぱりあって。奥能登は効率的な街、エリアではないんだと思うんですよ。現代人からするとすごくわかりづらいというか、足が伸びづらいんだろうと思う。逆に金沢市ってめちゃくちゃ効率的な場所だと思うんですよ。すごい対比的なところなんじゃないかと思う。たぶん、そこに本質があるというか、そこに行くことによって見えてくるものがあって、ぼくは映画をたくさん観ることにすごく似ていると思っていて、そういう面白さっていうものにもっと人は気づければいいのにな、と感じたりもしましたね。

珠洲に「忘れ去られた日本」があるとするとそれは何ですか?

ぼくはまだ参加できてないんですが、お祭り、ですかね。珠洲に暮らしていないのでわからないですけども、地域コミュニティってお祭りがベースになってるんだと思うんです。そこって今一番東京というか都会にないものだと感じているので、そういうのを大切にしてもらえたら嬉しいな、というか、珠洲に行けばなんかお祭りにあたる、そういうのっていいなと思うんですよね。

東京にも祭りがないわけじゃないけど、おそらく珠洲市界隈ではもっと小さなコミュニティの中で熱量の高いものがいくつも存在しているんだろうな、と。ある種日本の原風景というか、そういうものがあるような気がしています。ぼくらはお祭り自体をひとつのイベントとして捉えているんだけども、たぶん人間の生活の営みにとってものすごくナチュラルなものとしてある、みたいな感じなんだと思うんですよ。そこに向かってみんな頑張ってる感じは素晴らしいと思いますし、そういうのを見てみたいと思いますね。

珠洲のおすすめスポットを教えてください。

いわゆる観光スポットも素晴らしい光景ですけど、むしろぼくは、みんなが見なきゃいけないと思っているスポットの「間」にこそ珠洲の本質的な部分が見えているような気がしています。

なんてことない海岸線の道を走りながらぼーっとして日本海を見ていたんですけど、そこがぼくはすごい良かった。別に何かを見ているわけではないんだけども、何も見ていないという状況を見ているというか、その感じがぼくは居心地がよくって。せっつかれる感じがないというか。観光地に行くと、目的地にばかり集中して、なんとなくそれをスマホで撮って、自分の目で見たのかよっていうの、あるじゃないですか。その感じがないところがいい。そこが他の観光地と違うところなんじゃないかなという気がしています。ぼくもスマホアディクトなので写真いっぱい撮ったりするんですけど、珠洲ではあまり撮っていない。何かを記録しなきゃいけないということより記憶にとどめることの方が重要だな、というモードに切り替わるような世界だった気がしますね。それって、現代の中ですごい珍しい状態に自分が置かれたんだ、と思いました。

<奥能登珠洲星ぞら上映会>
「珠洲おやこの自然学校2016」とのタイアップイベントとして「里山里海体験キャンプ」を実施。世界農業遺産に認定された美しい里山里海に囲まれて、ファンタジー・アドベンチャーの名作『ジュマンジ』を親子で鑑賞しました。
関連ページ http://oku-noto.jp/oku-note/event/okunotosuzu-hoshizora-movie.html
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