最涯珠洲を語る

#10 アーティスト 岩崎貴宏

#10 アーティスト 岩崎貴宏

2017.09.13

岩崎貴宏

岩崎貴宏

岩崎貴宏
1975年広島県生まれ、広島県在住。広島市立大学芸術学研究科博士課程修了。エジンバラ・カレッジ・オブ・アート大学院修了。
2015年、ニューヨークのアジアソサイエティにて個展、同年、黒部市美術館と小山市立車屋美術館で個展を開催。第10回リヨン・ビエンナーレ(2009年)、ヨコハマトリエンナーレ(2011年)、第7回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(2012年)、2013アジアン・アート・ビエンナーレ(国立台湾美術館)、第8回深圳彫刻ビエンナーレ(2014年)などの国際展、「六本木クロッシング2007 未来への脈動」(森美術館、東京、2007年)、「日常の喜び」(水戸芸術館現代美術センター、水戸、2008年)、「trans×form – かたちをこえる」(国際芸術センター青森、青森、2013年)、「日産アートアワード2015」(BankART Studio NYK、横浜、2015年)などのグループ展への参加多数。第57回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2017年)日本館展作家。

活動ゾーン:三崎地区 森腰の古民家

工業化以前のパラダイムをもっている珠洲だからこそ
この地と関係性を持ちながら
新しいものを生み出していくアートに
意味と可能性がある。

三崎地区 森腰の古民家: 小海の半島の旧家の大海
今年のヴェネチアビエンナーレに日本館代表として参加した岩崎が、奥能登の民家を舞台に新たな表現に挑む。空き家に残されたもの、はたまた海岸に流れ着いた漂着物によって、床の間や和室などを再構成し、ある風景をつくりだす。見慣れた空間がまったく異なる空間へと変貌していく。

芸術祭の総本山に、ついに自分も参加する。

学生だった頃から北川フラムさんがはじめていた芸術祭を面白そうだなあって思って見てました。自分の地元(広島)でも瀬戸内芸術祭がスタートしましたし。そうこうしてたら、いくつかの地域芸術祭から声がかかるようになってきたんですが、今回初めてその総本山たる北川さんから呼んでいただいた!今回奥能登国際芸術祭に参加したのは、ともかく芸術祭の総本山に触れてみたかったし、フラムさんの芸術祭の秘密みたいなものを知りたかったんです。

星が落ちてきそうな場所。それが珠洲の第一印象。

「星空が落ちてきそう」珠洲に初めて来た時にそう感じました。泊まったホテルから夜空を見上げたら怖いぐらい星がすごかったんです。高い建物が何もなく広がっている空間は怖いっていうか、全部が迫ってくるみたいな感じで。この体験は言葉では言いがたい。道にも街灯があまりないから、真っ暗なんですよね。
都会に住んでいると、森が明るくて空が暗い。でも珠洲に来ると、空が明るくて森が暗い。逆転する感覚です。その中でびっくりするぐらいすごかった星の光。それが最初の珠洲の印象ですね。

古民家は木と草と紙でできたもう一つの自然。

この場所(古民家)は、ぱっと見てここが良いって決めました。僕のおばあちゃんの家も古民家なんですが、その古民家はおばちゃんとの記憶と結びつきすぎてて、ひとつの空間として客観的に見ることは難しい。でも、この古民家はそうした関係がない分、フラットな情報としてみる事が出来たんです。この2、30年人が住むことなく維持されてきましたから、時が止まった状態になっている。その距離感が心地よかった。土間に入っていくと異国に来たかのような感じっていうか、あれ、これ何?っていうか。舞台のような土間と座敷の様式も今ではこんな形のものはないですし。自然に囲まれた前庭から玄関を入ると、中に木と草と紙でできたもう一つの演劇的な自然がある。そんな感じでした。

ここでは時間が止まっている。

時間が止まった感じは揚げ浜塩田を見た時にも感じました。職人が昔ながらの方法でバアーって塩水を撒いてる感じが、昔、水戸黄門とか何かで見たことあるぞ、というような。昔ながらの時間が、ここでは生きているんです。資本主義や機械化に侵されていない、素材をそのまま生かして生きていこうっていう自給自足の、工業社会以前の社会状況が存在しているんです。

古民家という人工の自然に、珠洲の大きな自然を入れ込んでみる。

襖や掛軸に山水画が描かれていたりと、日本の古い家の中には人工的な自然が演出されています。僕は家の中に演出されたその自然に、珠洲の自然を入れ込んでみたら面白いぞって思ったんです。
瀬戸内海は内海なのに対して、日本海はでかいイメージです。塩は、そのでかい海から汲み上げた大量の塩水を煮詰めて煮詰めて、ひとかけらの凝固物になっていく。その縮減と圧縮を繰り返す作業は、まるで海を凝縮していく感覚です。海を塩で表現したのはそのためです。
また、海岸に流れ着いているたくさんの漂着物が韓国や中国から来ていることにもインスピレーションを得ました。「対岸」のイメージです。見えないけど近い「対岸」。それは地上からの目線ではなく、グワーッと上がって高い目線で見下した時に初めて見えてくる視点。関係。この民家の中に対岸で囲われた内海のイメージをつくることができたらそれはきっと面白い。概念としての日本海の表現ですね。そう思って襖絵とか見直してみると、山水画に描かれている風景に韓国とか中国を感じてくるんです。不思議ですけど。よく考えてみると、山水画って大陸から渡ってきた文化なんですよね。だったら、山水画の描かれた襖を対岸にして、こっちを日本にして。珠洲は日本海っていう大きなプールにせり出した飛び込み台のさらに先っちょ。そこに立って自分は何を考えるのかと自問した末に、この作品に行き着いたんです。

珠洲には、近代の閉塞みたいなものを飛ばして発展しうる可能性がある。

かつて作家は、パトロンに支えられている時代がありました。宗教画家がメディチ家に守られ支えられたそんな時代です。でも近代に起きた工業化は作家の自立を促しました。アートはその時代に自立性を獲得したんです。そこでアートの概念はゴロッと変わりました。でも、工業化から情報化の時代に変わっていくなかで、人々の生き方は変わっていかざるを得なくなっていきます。会社に入り、課長になって部長になって、というように、進歩型の直線的・安定的な社会は終わりを告げつつあります。
しかしながら、この珠洲には、農業や漁業や畜産業、役所がずっと経済の真ん中にあって、工業化以前のパラダイムを持っているんです。工業化や情報化を飛び越えて「以前のパラダイム」から直接未来につながっている。そこでは、近代以降の完結したアートよりも何かと関係性を持ちながら新しいものを生み出していく、あるいは、何もないところから発想して何か新しい社会の形を生み出すアートがきっと意味をもつ。珠洲は工業化を経ていない分、近代の閉塞みたいなものを飛ばして飛躍させうる可能性があると思うんです。アートには、作品を作るという形式が消えていってもアートという概念が別の形式に変化して機能していく可能性があります。そこで起きていく変化を注意深く観察していけば、変化の意味を見いだす事がきっと可能になるのではと思います。
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